大明小学校校歌
作詞 鈴木安平
作曲 中島直治
一 天そそり立つ 芙蓉峰
夕照清き 甲斐が峰
流れははやし 富士の川
げにもさやけき その景や
二 この山川に 向かいたる
古松ゆかしき 若宮に
礎すえし 戊子の年
名も大明の 雄々しさよ
三 いでやわが友 うぶすなの
名誉をかけて もろともに
学びの道に いそしみて
文化日本を うちたてん
※校歌の使用許諾あり
-校歌にまつわるエピソード-
大明小学校の校歌は、長い間、作詞・作曲者不詳となっていたが、今から20年ほど前、校歌を刻んだ石碑を残すために、作詞作曲者を調べようと試みたことがあった。つてをたどって、当時大明小で教鞭をとっておられた先生にたどり着き、制定当時のことを知ることができたとのことである。以下は、大明小学校創立百周年記念誌に掲載された「大明小学校の校歌」という文章を、今の時代に合わせて再編集したものである。
大明小学校の校歌の制定は大正11年、作詩は当時の校長鈴木安平先生、作曲は中島直治先生である。その頃、各学校には校歌を制定しようという機運が拡がっており、わが大明小学校でもということになった。そこで、大正5年以来8年もの長い間勤められた鈴木校長先生が先ず作詞し、これをみんなの職員で推敲を重ねたものが今の校歌である。作曲は、最も音楽に堪能な中島先生が担当された。有名人に作詞作曲を依頼するのでなく、自分たちの手によって創り上げたわけである。
当時の校歌は、歌詞の1番・2番については今の校歌そのものであるが、実は3番の歌詞が全く異なっていたことを知る人は少なくなった。
いでや我が友 すめらぎの みことのむねを かしこみて
つとめ励みて おおみよの 名におう民と 歌われん
戦前の教育方針を明確に歌い込んだものだ。この歌詞は、終戦直後、今のものに変えられている。
大明小学校の校歌は、壮麗な文語体の歌詞に対して、曲は明るく伸び伸びと、校歌にふさわしい威厳と慈愛に満ちた曲想である。大正の時代によくこれまでまとめられたものと当時の方々には頭の下がる思いがする。
明治21年、古松ゆかしい若宮地に大明小学校の礎をすえてから120年、そして校歌が制定されて80年の歳月が流れた。親子何代にもわたりこの学舎に校歌を歌い継ぎ、よい伝統を守り継いで今日に至っている。歴史の移り変わりと共に3番の歌詞は今の教育が目指すところに改められはしたが、この美しい環境に守られ、師弟相携えて学びの道にいそしむ校風は、脈々と変わることはない。毎年、入学式や卒業式、そして運動会の時期になると、校歌を高らかに歌い上げる子どもたちの声が聞こえてくる。作詞作曲の先生方は、げにも清けきその景の中に躍動する21世紀の子どもたちの姿を眺めては、「名も大明の雄々しさよ」と微笑んでおられるかもしれない。
(平成20年11月28日)